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此花区(このはなく)は、大阪市を構成する24区のうちのひとつ。
かつては淀川河口のデルタ地帯で多くの中洲があり、中でも伝法が漁村として栄えていたほか、仏教渡来の地とされ西念寺が大伽藍を誇っていた(廃仏毀釈で縮小した)。江戸時代以降は開発が進み新田が建設され近郊農村となった。島屋や常吉など現在の地名は、各新田の開発者の名前などにちなんだものが多い。
また大坂市内まで川を遡れない北前船や菱垣廻船などの大型船は、大きな澪標(みおつくし)が立てられた伝法口の河口に停泊して荷下ろしをした。明治に入り新淀川開削で多くの土地を失う一方、田畑は重工業の巨大工場に変貌し、海沿いには大阪港(北港)が作られて、以後阪神工業地帯の中心となった。
戦後は激しい公害に見舞われたが、1980年代以降は産業構造の転換により重工業は振るわず、工場の地方・海外移転などが進み、貨物駅や工場が廃止された跡地が増えてきた。これに対し、一方ではハイテク製品生産への転換、一方では2001年開業の映画のテーマパークユニバーサル・スタジオ・ジャパン
(USJ)に代表されるアミューズメントエリア・ソフト産業地区への転換が模索されている。 |
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2008年のオリンピック誘致(失敗)のために造成されたスポーツ公園地域、舞洲スポーツアイランドを持つ舞洲(まいしま)と住宅・工場などのベッドタウン化を目指す夢洲(ゆめしま)という二つの人工島がある。
区南西部の桜島からは、安治川対岸の天保山(大阪北港、港区築港三丁目)まで、無償の公営渡船が運航されている。
隣接している区
歴史
- 1926年に当時の北区及び西区の一部の合区で誕生。
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「此花」の名はこの土地の古い地名にちなんだものではない。区の創設の際、『難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花』という和歌(難波津の歌)にちなんで命名された。
- 1943年に福島区を分離、西淀川区の伝法、高見地区を編入。
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