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北区(きたく)は、大阪市を構成する24区のうちのひとつ。区の北側には淀川が、東側には大川が、南側には堂島川と土佐堀川が流れている。(大川、堂島川、土佐堀川は同じ河川)

区の中心部は全国有数の規模を誇る「梅田」で、百貨店や大型商業施設、高層ビル群などが立ち並ぶ。また放送局や新聞社も数多く立地、中之島には大阪市役所もあるなど、重要な施設が集中しているのも北区の特徴である。近年は西梅田地区の再開発が盛んで高層ビルが相次いで完成。今後は貨物駅になっている北梅田地区でも大規模な再開発が行われる予定であり、さらなる発展が期待されている。しかしこの様な都会的な面がある一方で、区の東には商店街の長さ日本一を誇る天神橋筋商店街があるなど、下町的な情緒も残っている。JR各線や阪急線、阪神線で兵庫県(神戸、阪神間など)・北近畿・中国地方・四国・九州側、京都府(京都市、長岡京市など)・名古屋市・北陸地方・東京都側からの出入口ともなる。  

人口は常住人口約100,000人に対し、昼間人口が約434,000人と格差が激しい。これは都心に位置している為である。ただ、バブル期には地価高騰で減少傾向にあった常住人口も、現在は都心回帰の指向が強くなっている事から増加傾向にあり、2005年7月時点の北区の推計人口は再び10万人の大台に乗った。区内の角田町は大阪市一の地価を誇る。

地域

隣接している区

歴史

  • 旧北区
    • 1879年(明治12年) 区制発足
    • 1889年(明治22年) 大阪市制施行に伴ない大阪市北区となる。
  • 旧大淀区
    • 1925年(大正14年) 大阪市第二次市域拡張により西成郡から東淀川区になる
    • 1943年(昭和18年) 東淀川区の淀川を境にして南側が大淀区になる。

1989年(平成元年)2月13日に北区と大淀区の合区によって誕生。

旧北区は江戸時代からの都市だった地域で、蔵屋敷が並ぶ中之島、米取引の中心になるなど商家の多い堂島、青物市場が淀川沿いに並び、商業が盛んな一方大阪天満宮や寺町があるなど閑静な文化地区でもあった天満などからなっていた。一方、市の北の歓楽街となっていた曽根崎より北の梅田は水田地帯であり、その北の茶屋町は菜の花畑を見るための茶屋が立ち並ぶほどの農村で、更に北の中津など旧大淀区は中津川沿いの近郊農村であった。

明治以降、天満には国の造幣局の建設を皮切りに金属工業が栄え、中之島は蔵屋敷がなくなった後に市役所、学校、中央郵便局などが相次いで立ち並び、東端は公園となった。また梅田には東海道線の鉄道駅・「梅田ステンショ」(大阪駅)が建設され、大阪の表玄関として変貌した。旧大淀区では、中津川のあった場所には洪水対策として淀川の放水路・新淀川が建設され、多くの村が立ち退きにあったが、次第に大阪市街地に取り込まれ住宅地・工業用地になっていった。

昭和初期にはダイビルや朝日新聞、毎日新聞などのオフィスビルが並び、阪急や阪神など電鉄会社のターミナルには百貨店が併設され、映画館や劇場も並ぶなど旧東区・旧南区に並ぶ都心となった。大阪大空襲でほとんどの地区は焼け野原となり大阪駅前は闇市になったが、戦後数十年をかけて区画整理された結果高層ビル街となった。また梅田に各種交通機関のターミナルが集中する利便性から、商業集積地としては心斎橋など伝統的な中心地を次第に凌ぐようになり、大阪市内のオフィスも梅田周辺に集まるようになった。

     
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