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平野区(ひらのく)は、大阪市を構成する24区のうちのひとつ。人口が大阪市内で唯一、20万人を超えている市内最多の区である。
地理
区内のうち北西部の他は上町台地の南部にあたるが、全体的に見ると平坦な地形である。南部を大和川が流れ、また瓜破霊園も区内にある。
歴史
平野の地名は平安時代末期にまで遡ることが可能で、古くは摂津国住吉郡平野庄と呼ばれ、征夷大将軍の坂上田村麻呂の次男で平野の開発領主となった坂上広野を「平野殿」と呼んだという。
平野の地名由来については、広野が訛って平野になったという説と、河内源氏の本拠地の石川庄を相続した石川源氏系の杭全氏が杭全庄を開発し、その時に多くの湖沼を埋め立て「野が平らになった」という意味から起こったという説がある。平野庄は近世には平野郷と呼ばれるようになる。杭全庄と平野庄、平野郷は同じ地域の名称であることから、時代によって変遷があったか併称されていたものと思われる。
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戦国時代には坂上広野の子孫という平野氏一族の末吉家を筆頭とする坂上氏庶流の平野氏七名家と称する家々が自治権を掌握し周囲に環濠を巡らせて自衛の形を固めた。
区内には江戸時代初期に定められた町割を現在も保っている地域が存在している。江戸時代に河内国の綿花の集積地として栄えたために綿花が区の花と定められている。
1974年に東住吉区から分離し誕生した。 |