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八尾市(やおし)は、大阪府東部に位置する市の1つ。 特例市に指定されている。

地理

概要

大阪平野の中部、大阪市の東南部に隣接し、市域西側は概ね平坦で標高は10メートル程度である。市の東部は高安山をはじめとする急峻な生駒山系が控えており、奈良県との府県境を形成している。 市の南端を大和川が流れる他、旧大和川水系である長瀬川、玉串川などの小河川も見られる。

市の南部には八尾空港があり、陸上自衛隊の駐屯地や民間の小型航空機に供用されている。

気候

気候は、西に大阪湾、東に生駒山地、大阪平野の中央部東に位置する地形的条件により、一般に温暖である。年間平均気温はセ氏約15.5度。 雪は平地部では滅多に降らないが、1965年3月の大雪で商店街アーケードが倒壊したことがある。

年間降水量は約1100mm。風速は年間平均約2.4m/s、湿度は年間平均約69%。

歴史

 

概要

古代

旧分国では河内国に属する。古代においては河内湖がこの付近まで広がっていたと考えられている。旧大和川流域の肥沃なデルタ地帯として、弥生時代から耕作が行われていた。 古墳時代には多くの豪族がこの地一帯に勢力を維持し、生駒山地の麓に数多くの陵墓を造築した。その多くが現在でも古墳として残っており、その数の多さから千塚(ちづか)という地名として残っている。

飛鳥時代には、一帯は物部氏の勢力圏下にあり、その武具を製造する集団が居たとされている(またそのことが市名の由来となっている)が、物部氏は物部守屋のときに蘇我馬子とこの一帯で戦い敗れたために滅亡した。 物部氏傍系一族の弓削氏、来栖氏、矢作連などは引き続きこの一帯で勢力を維持し、特に弓削氏の道鏡は奈良時代後期の日本における実質的な最高権力者となっている。道鏡は当地(現在の中田・八尾木地区あたり)に西京(由義宮)を造築したが、失脚とともに歴史に埋もれてしまい、現在でも遺構は発見されていない。

朝鮮半島での白村江の戦いで敗北した大和朝廷は唐の侵攻に備えるために西日本で朝鮮式山城などの防御施設の整備を進め、この時高安山にも高安城が築かれたとされる。1978年に高安山の東側で遺構が発見されたが、後に壬申の乱以降に再建された高安城の倉庫であると判明。しかし、1999年の調査で高安山頂の北西約300メートルの場所で花崗岩を二段積みした石垣がおおよそ100メートル続いているのを発見。その後の調査などから城壁の高さは10mを越えるものであり、高安山の西側に張り出した尾根の先端を平坦に整地してあり、その周囲に石垣が構築されていたことがわかっている。

     
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