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気候
典型的な瀬戸内海式気候区の気候で、温暖ではあるが雨が少ない。吹田の地名は水田から来ていると考えるられるほど、かっての稲作地帯ではあるが、昔から雨が少ないことは多数のため池が象徴的に表している。2004年度の統計としては、晴天日数が223日もあり、わずか0.1ミリ以上の降水日でも87日しかない。
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年 |
平均気温 |
最高気温 |
最低気温 |
平均湿度 |
平均風速 |
降水総量 |
| 2000年 |
17.7 |
38.3 |
-0.5 |
67 |
1.6 |
1139.6 |
| 2001年 |
18.5 |
40.2 |
-1.3 |
66 |
1.6 |
1032.0 |
| 2002年 |
17.6 |
38.1 |
-2.7 |
66 |
1.6 |
829.0 |
| 2003年 |
17.4 |
36.3 |
-2.8 |
68 |
1.5 |
1421.0 |
| 2004年 |
18.5 |
38.6 |
-1.8 |
64 |
1.5 |
1365.5 |
歴史
- 有史以前
- 象の化石が市内2カ所で発見されている。
-
旧石器時代ごろからの石器が、市内で発掘されている。このごろから人が住んでいたようだ。
- 奈良時代
「次田堀川」(すきたのほりかわ)の記述が行基年譜に見受けられる。行基が吹田に堀川や垂水布施所を築いた。
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736年(天平7年)行基が、常光円満寺(吹田市元町)を開いたと伝えられる。その他、行基開祖と伝えられる寺院がいくつかある。
- 744年(天平16年)市内で
難波宮(難波京)の瓦を焼いていた。七尾瓦窯跡。
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- 785年(延暦4年)和気清麻呂により神崎川と淀川を直結させる工事が行われ、西国から船で大阪湾、神崎川をとおり京都へむかう河港として発達した。もともと、西国街道、亀岡街道なども通っており、陸路・水路とも西国と京都を結ぶ交通の要衝として発達した。
- 794年(延暦13年)市内で平安京創建時の屋根を葺いた緑釉瓦を焼いていた。吉志部瓦窯跡。
- 812年(弘仁3年:平安時代初期)東寺の荘園「垂水荘」が開かれる。
- 865年(貞観7年:平安時代前期) 「清住寺領吹田庄」成立との記述が歴史書に見受けられる。この後にも興福寺領吹田東荘、西園寺家領吹田西荘といった荘園が開かれ、貴族の遊行の地ともなる。
- 869年(貞観11年)泉殿宮(いずどのぐう)が創建される。吹田市西之庄町。
- 1230年(寛喜2年:鎌倉時代)太政大臣の西園寺公経が有馬温泉の湯を吹田にあった別荘「吹田殿」に運ばせ、入浴し楽しんだという記録が明月記(藤原定家)に残る。藤原定家自身も1212年に「吹田小屋」で遊んだという記録がある。
- 1336年 (鎌倉時代末期)「水田城」の記述が歴史書に見受けられる。水田城がどこにあったかは不明。
- 室町時代 常光円満寺が足利将軍家の菩提寺となり、手厚い保護のもと隆盛する。広大な境内に僧兵もいたと伝えられている。
- 1571年(元亀2年:室町時代末期) 水田城にいた吹田氏が和田氏(高槻城主)に敗れる。
- 応仁の乱以降の戦国時代の戦火で、吹田市内のおもな神社、寺院が焼失し、町屋にも大きな被害が出たとの記述が歴史書に見受けられる。
- 1610年(慶長15年:江戸時代初期)応仁の乱の戦火により焼失していた「吉志部(きしべ)神社」が再建される。再建したのは朝鮮半島からの渡来してきた吉志一族の子孫だった。
- 1706年(宝永3年)吹田村の一部が江戸幕府直轄地の天領から「仙洞御料」(上皇の領地)に。この仙洞御料時代の壮大な庄屋が明治時代に改修され「西尾邸」(吹田市内本町)として残っている。吹田村の他の地域は、旗本(柘植氏・竹中氏)の領地に細分されていた。吹田市域の他の村も天領、高槻藩、淀藩、旗本領などが複雑に入り組んだ「入組支配」が行われた。
- 1798年(寛政10年) 摂津名所図会に「吹田の渡し」が描かれる。
- 1876年(明治9年)大阪~京都間に鉄道が開通。吹田駅開業。
- 1878年(明治11年)神崎川が付け替えられ現在の流れの位置になった。
- 1880年(明治13年) 釈迦ヶ池に鴨猟に来ていたプロイセン王国の皇孫を住民が殴打し外交問題となる事件が発生した。
- 1889年(明治22年)
- 佐井寺村と片山村が合併して、千里(ちさと)村となる。
- 少路村、東村、南村、吉志部岸辺村、七ツ尾村が合併して岸部村となる。
- 榎阪、垂水村が合併して豊津村となる。
- 1891年(明治24年)大阪麦酒創業(現アサヒビール吹田工場竣工)。
- 1908年(明治41年)4月 吹田村は吹田町となる。
- 1921年(大正10年)4月1日北大阪電気鉄道の十三~淡路~豊津間が開通。東吹田駅/西吹田駅(現在の阪急吹田駅)、豊津駅開業。
- 1922年(大正11年)吹田市山手町に関西大学の千里山学舎(現千里山キャンパス)が完成。関西大学が大阪市内から移転する。
- 1923年(大正12年)吹田操車場が操業を開始。「ビールと操車場の町」と呼ばれる。
- 1924年(大正13年)国鉄吹田駅、東へ200m移転して現在地に。
- 1928年(昭和3年)1月16日 阪急 淡路~高槻町(現在の高槻市駅)間が開通。吹田町駅(現在の相川駅)、正雀駅開業。
- 1934年(昭和9年)生活貧窮者の保護、医療施設「大阪市弘済院」が現在の古江台に移転する。
- 1934年(昭和9年)室戸台風により豊津小学校と岸部小学校の校舎が倒壊。生徒多数が犠牲になる。
- 1936年(昭和11年) 府道 大阪高槻京都線が開通。産業道路と呼ばれる。神崎川の水運、鉄道輸送に加え道路ができたことで、これ以降、JR京都線(吹田操車場)、神崎川、産業道路沿いに工場が建ち始める。
- 1940年(昭和15年)4月1日に4町村(三島郡吹田町、千里村、岸部村、豊能郡豊津村)が合併し「吹田市」誕生。当時の面積20.45km2、人口63,181人。
- 1952年(昭和27年)朝鮮戦争に反対する人たちが吹田事件を起こす。
- 1953年(昭和28年)三島郡新田村の下新田と合併。
- 1955年(昭和30年)山田村と合併し現在の市域となる。
- 1960年(昭和35年)毎日放送千里丘放送センター 完成。
- 1960年代、千里ニュータウン開発。
- 1962年(昭和37年) 千里ニュータウンの入居開始。
- 1963年(昭和38年) 京阪神急行電鉄(現阪急)の千里山駅~新千里山(現南千里駅)間が開通。
- 1967年(昭和42年)3月1日 阪急千里線が北千里駅まで延伸。北千里駅に日本初の自動改札機設置。
- 1969年(昭和44年)大阪市営地下鉄堺筋線と阪急千里線、京都線との相互乗り入れ開始。
- 1970年(昭和45年)3月~9月 日本万国博覧会開催。
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万国博覧会開催にあわせて、鉄道道路が整備され、この年1970年に完成している。主なものは、
- 地下鉄御堂筋線の新大阪駅~江坂駅間が開通。江坂駅開業。
- 北大阪急行電鉄 江坂駅~万国博中央駅が開通。
- 名神高速道路 吹田ジャンクション完成。近畿自動車道、中国自動車道と接続。
- 近畿自動車道 吹田~門真 完成
- 中国自動車道 吹田~池田 完成
- 大阪中央環状線 完成
- 国道423号(新御堂筋) 完成
- 岸部地下道 完成
- 1974年 万博記念公園内に国立民族学博物館 が開館。
- 1977年(昭和52年) 吹田市藤白台に国立循環器病センター、竣工。8月から診察開始。
- 1978年(昭和53年)毎日放送 放送文化館 開館。
- 1990年 ( 平成2年)3月 大阪モノレール 南茨木駅~千里中央駅開通。万博記念公園駅、山田駅開業。
- 1993年(平成5年) Jリーグが発足。ガンバ大阪が吹田市をホームタウンとする。
- 1993年 大阪大学 医学部附属病院が大阪市から吹田キャンパスに移転する。国立循環器病センター、大阪府立千里救命救急センターなどとあわせて、高度先端医療の集積地となる。
- 1998年(平成10年)6月 大阪モノレール 万博記念公園駅 ~阪大病院前駅開通。公園東口駅、阪大病院前駅開業。
- 2007年1月30日 吹田操車場跡地の「吹田貨物ターミナル駅」起工。
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