|
大阪市(おおさかし)は、大阪府のほぼ中央に位置する市で、同府の府庁所在地。政令指定都市。
概要
大阪市の夜間人口は横浜市に次いで全国3位であるが、昼間人口は東京都特別区(23区)に次いで全国2位。西日本、あるいは、近畿地方の行政・産業・文化・交通の中心都市であり、本市を中心として大阪都市圏、または、京阪神大都市圏が形成されている。
大阪湾の奥、淀川・大和川の河口に突き出た上町台地が大阪の町の原点である。5世紀には難波高津宮、7世紀には難波長柄豊崎宮と、政治の中心(の1つ)が置かれた。また、後には難波京が置かれるなど、奈良盆地の政治勢力の瀬戸内海における外港として、古代では度々政治的な拠点となった。
中世には京都に政治の拠点が移動したため、その瀬戸内海の外港の地位も大輪田泊や神崎などに移ったが、その間も四天王寺や住吉大社周辺は宗教的な要地として、また渡辺津は熊野や住吉巡礼の拠点・淀川河口の拠点としてある程度栄えていた。その後蓮如により上町台地突端に石山本願寺が開かれ、全国の浄土真宗の総本山となった。その寺内町では商工が発展した。
織田信長によって破壊された石山本願寺の跡地には、豊臣秀吉が大坂城を築いて政治の中心となり、同時に大規模な城普請で人と物資が集まって経済の中心地となった。しかし、1615年の大阪夏の陣で大坂城は落城し、豊臣氏も滅ぼされた。1619年、大坂城下は江戸幕府の天領となり復興、幕府の派遣した大坂町奉行が支配するところとなる。
江戸が出来たばかりで商品生産力がない上、参勤交代で大名・家来などによって大消費地となったため、当時の工業都市である京などから大坂を経由して菱垣廻船・樽廻船で江戸へ物資が運ばれた。また、各藩の蔵屋敷が集積し、北前船も入港して、大坂は「天下の台所」として経済・商業の中心的役割を担った。付随して、裕福になった町人により、文楽を始めとした様々な文化が生み出された。 |
|
|
|
明治時代から昭和時代初期は、政府が造幣局や砲兵工廠を置き、金属工業や繊維産業を中心に商社・卸売・新聞など様々な商工業が発展し「東洋一の商工地」と称され、多くの企業が勃興した。メセナが活発に行われた「阪神間モダニズム」と呼ばれた時代には、六大都市の1つとして日本の中心の1つとなった。特に関東大震災後には、東京からの移住者も加わって大阪市は日本最大の都市となり、世界でも第6位となった。そのため、「大大阪」と称されたこともあった。
しかし、昭和10年代より政府が戦時統制をしき、文化・芸術・教育・産業その他あらゆる分野の中枢を東京に集めたことで、以前より相対的地位は低下している。
市勢
- 人口 : 2,641,893人 (2007年5月1日現在)
- 世帯 : 1,269,301世帯 (2007年5月1日現在)
- 面積 : 222.11km² (2007年5月1日現在)
- 人口密度 : 11,895人/km² (2007年5月1日現在)
- 一世帯あたり人員 : 2.08人 (2007年5月1日現在)
地理
淀川の河口に開けた古くからの港湾都市で、瀬戸内海と京都を繋ぐ水運の要、西日本の物流の中心として栄えてきた。
近畿地方最大の都市で、近隣の政令指定都市である神戸・京都とあわせて三都、京阪神と称せられることもある。大阪湾に面する西部は阪神工業地帯が広がる。市内経済総生産は約22兆円に達し、近畿経済圏の中心地である。隣接している自治体
隣接している自治体
|